愛があるからキレるし優しくなるっていうやつ

これの存在を忘れてた。

 

DEZERT ひまわり超会議2022 新宿BLAZE

 

めちゃ良くて。なんせ白痴をやったので(深謝)

昔のDEZERTはわからないけど怖いイメージあって、今はそんなことないじゃないですか。

で、ジャイロアクシアとかでもなんだけど、ポジティブな曲を歌い始めると、陽の方に行きやがってと思うんだけど、

最近DEZERTのミザリィレインボウ聴いて泣くようになってしまい。

なんでかというと、ラプソディ・イン・マイ・ヘッドとか、DEZERTの楽しいマーチとかと総合してなんだけど、本気で思ってるんだよな〜というのがめちゃ伝わってくるからなんだよね。

 

陰も歌うからこそ陽が映えるんですね(?)

いや、みんな本気で思ってるだろうけどね。でも、生きづらいと思ってる人がそれでも世界平和を願うってめっちゃエモじゃないですか?

マイナスからプラスに感情動かすのって、普段ポジティブな人がポジティブなこと歌うよりもエネルギー量が多いし、白々し〜って自分達が歌ってたのに同じこと歌うのかよ?ってなるのに、あえてそこを歌う意味って本気だからこそじゃないですか?ってなる。わかる?

 

なんか、V系今年の曲!っていうネット記事にDEZERTが選ばれてなくて、シングルの表題曲からのチョイスだからっていうリプもあったんだけど、千秋が「がんばろ」って言ってて、

「もっとDEZERTを周りにすすめて」みたいなことをツイッターかストーリーズかなんかでも言ってて、私は何人かにさりげなく布教してます。

でもそれは最近の丸くなったところをメインで知ってるからなんだけどね。古参の人はそこをどう思うかわからん。

応援したいな〜と思うのと、良いものは周りにすすめたいな〜と思うのの総和が布教に繋がります。

 

あと〜、前の日比谷野音でも思ったけど、千秋ってめっちゃメンバーのこと好きだなっていうのも見てて感じたのがなんか可愛いですね。

メンバーの仲は良い方が良いので。

 

みやこはめちゃ可愛かった。割とずっとニコニコしてるのに、眩暈かなんかで真剣な顔してて拝んだ🙏ありがとうございます🙏

ずっと折りたたみしてるやつ、眩暈か?

アルルカンももちろん武道館行ってほしいし、DEZERTも武道館行ってほしいなって思うバンドでFC入るのもやぶさかでないって感じ。ただその前にアルルカン入りなって話ですが。

 

1月もまた誘っていただいたので本当に毎回ありがとうございます全部誘ってください。行ける限り全部行きます。

 

私がどんなバンドを好きかということ


2019/0929
DADAROMA"WELCOME TO DADAROMA"
@新宿BLAZE

無料チケ配布でめちゃめちゃ並んだし、チェキも並んだし(列形成に不備があって冷静になったけど結局買った)本当に並んだ日だった。ディズニーランドかな?

よしあつが「今のダダロマかっこいい」っていうように、昔は知らないけど、今日みたダダロマは本当にカッコよかった。
「待ってるだけじゃ来ない。解散したくない。ライブに来て」って何度も何度もよしあつが繰り返した言葉は、バンドマンからしたらプライドを捨てたダサい言葉かもしれないけど、我々バンギャルにしてみたらいわゆる「その気にさせる言葉」でしかないなと思う。もちろん、かっこいい音楽をやっているからこそ、その「来て欲しい」に応えないとって思えるんだけど。

喋ってるのはよしあつだけだったから、彼を主語にします。

よしあつが本当にファンを愛してるバンドって言っていて、ファンを恋人のように思って歌詞を書いていて、かっこいい音楽をやるから全力で返してほしいとも言っていて、なんというかそういう熱い言葉をわたしは求めてるんだよ。
「かっこいい音楽をやるから、全力で返してほしい」なんてそこまで言い切れるバンドって今います!?そんないないよ。多分。
あのよしあつの興奮ぶり、本当に今日あの場にいないとわからないと思うけど、湧き上がるような喜びを抑えようとしたあの感じ。「800人いるんだぞ、入れないやつが100人、200人まだいるんだぞ」っていう、BLAZEなんて余裕で埋まるポテンシャルが自分のバンドにはあるんだっていうことの認識、期待とか、そういうものがすーーーーごい詰まっていましたね。うん。

よしあつ、めちゃかっこいい。

言葉を尽くしてほしいタイプのわたしは、そういう言葉をMC、曲間、曲中、ツイッター、ブログいろんなところで雨のように尽くしてほしいんですよ。何のための言葉だよと。それでもなお伝わらないから音楽がある。音楽で伝わりきらないから言葉を使う。バンギャルとバンドマンの間には「100%を伝える」ってことは不可能だけど、その努力を惜しまない姿勢こそわたしが求めてるものだなと、DADAROMAを見てなんか改めて強く思った。
あんなに喋るアルルカンではぼんやり思っていただけだったけどね。言葉は大切。小説じゃないんだからくどくていいんだよ。いっぱい言葉にしていっぱい伝えてほしい。それが愛だと思う。




何を求められているバンドかということ


20190922 Zeppダイバーシティ

剃刀負け


デザートとメリーとリンチとレザーの対バンだった。

頭痛くてあんまり記憶ないけど、メリーがピークで楽しかった。メリーの曲なんて9割知らないのに、残りの1割の曲が少しずつあって「うわこれアップルミュージックにあった!」って楽しめました。

首吊りロンド、絶望、薔薇と片隅のブルース、ジャパニーズモダニストは知ってた!


私が書きたかったこと。

今日の対バンは、多分レザー的には暴れ盤を呼んで暴れまくれ〜っていうやつだったと思うんだけどアタマのデザートがいまいち盛り上がらなかった件。


デザートはまずメッセージ性が強いっていうのがあって、リンチとレザーがないわけじゃないだろうけど、スタイルとしてちょっと違うと思ったわけ。(メリーは世界が違うので3バンドで比較)

完全に聞き手の傾向だけど、千秋の強いメッセージを受け止めようとするファンは気づきを求めてたり、答えを求めてたり、曲の考察とかそういうのが好きなんだと思うんだよね。

だからグヌくんの言葉を尽くすMCとか、ムくんの救われたいやつだけついてこいとか、そういう「言葉」が刺さってしまうんだと思う。


一方でレザーとリンチ、今日はとにかくバカになって暴れて楽しみましょうという感じのライブだった。それが毎回かどうかはわからないけど、周りのファンを見る感じだとそういうやつなのかなという印象。

日々の嫌なことは一回忘れて、ここだけでも何も考えずに楽しい空間にしましょうというMCだったように思う言葉は全然違うけど。

それがすごく体育会系なライブに思えたし、健全で理想的だなとも。ファンの人みんな運動部だったでしょ?体力ないと行けないよあんなバンド……


アルルカンもキズもデザートも共通してるのは「救い」であって、我々は救われるためにライブに行ってる。

ライブを楽しみに行ってる人に、千秋の歌詞や千秋のMCは届かない。

一発目でまだ温まってない時にアレは余計にね。助けてなんて言わない〜みたいな曲めちゃよかった。我々は他人に救いを求めてない。我々を救ってくれるのは音楽なので。


20190622アルルカンrazzle dazzle 新木場スタジオコースト


まず祥平が髪を切っていたこと、顔の良さに最初の数曲ほとんど祥平しか見ていなかった(これは伏線)

祥平、バンド内の立場と同じくなんとなく安定感があるところがとても大人っぽく、それでいて馬鹿騒ぎに相応しい笑顔でとても楽しそうにギターを弾いていました。

これは祥平に限らずなんだけど、みんなが暁くんという存在をキーにしていて、わちゃっと出て行くところは出ていくし、暁くんを見させるべきところはスッと後ろに引いていくその様子がバンドとしてのまとまりの良さを感じさせてたように思う。


まずomit始まりですでに死んだんだけど、世界観を作るっていう雰囲気の曲ではないと思っていて、だからこそとにかく楽しめ暴れろ全て置いていけっていうバンド側の気持ちを感じた始まり。なんか最初の戸惑いみたいなのなくライブ始まった気がする。まあ暁くんは気持ちを上げてくれるのが上手いのでそういうのあんまないんだけど。


ライブ中の記憶は喪失するタイプだからセトリを見つつ歌詞を見つつMCを思い出しつつ……


MCもあんま覚えてないゴミなんだけど、まあ大意として、

何も考えずに欲しいものに手を伸ばせる「バカ」への憧れと、それになることで今まで積み重ねてきたものを失ってしまう恐れ、

"自分がやることをやって何も考えずにそれでいいと自己完結してしまうバカ"への嫌悪は言ってたかな。


今回のツアーが苦しかったって言ってたのは前者のバカに対する葛藤と、後者のバカから脱却したいっていう思いとかで色々ぐるぐるしてたのかなっていう。

世界観が出来上がってると良くも悪くもやっぱその世界観の中にいてしまいがちという意味であって悪意はない。

んでrazzle dazzleの歌詞を書いた時点でもう気持ちとしては固まってたんじゃないかとは思う。これまでの流れってあるじゃないですか。初期はぐるぐるとした気持ちを吐き出すようなやつで、だんだんやっぱそれだけじゃないってことに気づいて、あるいは意識が変わって、変わることを恐れないでとか、変わるために変わるみたいな歌詞はそういうことだと思うんですよね(?)

これはブーメランなんだけど、"変わらないで欲しい"、"ずっと私が好きになったときのアルルカンでいて欲しい"って気持ちがあるバンギャルは多いと思うんだけど、「いや、そのままではいられない」っていうのの提示してきてるなと。

未完成、Alwaysとかそういう曲。知らんけど。



で、問題のMCにもどるんだけど、

まあつまりこれまでは黒いものを吐き出してきた暁くんが、「これから」を提示して「ついてきてほしい」ってことを言ったわけですよ。

あのね、これは大問題で、割と聞く言葉じゃないですか(文句じゃないよ)

アルルカンて、良くも悪くも暁くんの思いが詰め込まれすぎてるバンドだと思っていて、だからベタベタな恋愛曲とかないじゃないですか。「そういうバンド」ではないわけですよ。

「何も考えずに手を伸ばせるバカ」への憧れは裏返せば、手を伸ばすことでなにかが壊れてしまわないか、とか、暁くんにしかわからないような悩みがいっぱいあるということでもあるのかなと。

それがアンチドートとかの自分は神様でもカリスマでもないし、腫れ物でもないという主張であって(ここはコヌのサビ)、人間宣言なんですよ(????)

話を戻します。

でも!それでも!そういう葛藤とか、変化に対する恐れを、「手を伸ばして掴む。守りたいものは守る。だからお前らにも一緒についてきて欲しい」という強い覚悟の言葉をあの場所を選んだ我々に言ってくれたんですね。わかりますか。安易な「ついてきて欲しい」じゃないんですよ。その言葉を発することへの葛藤だってたくさんあったはずなのに、全部飲み込んで言ってくれたわけ。これはね、もうプロポーズです。墓場までついていくしかないわけ。razzle dazzleとか聞いた時のコヌ「明るい曲作りやがって」みたいな気持ちあったのは認めますけど今マジでない。こんなに魂の権化みたいな曲、A……にありますか!?!?!?(すまん)(アルかもしれん)


とはいえsgは曲作りを惰性にしたくないと言ってたので、そういう意味ではhlwはつよいんですけど。


着地を見失ったので言いますけど、私のサビを持ってしても、やっぱアルルカンは宗教だし救いだし暁くんは現人神だと思っていて。アポトーシスあたりからもう暁くんばっか見てました!祥平はチラ見。でも祥平完全にガチ恋だなこれ(?)


言いたいこととして、impのレモホリベンジは叶ったと思います。


バンドの変化っていうのは、成長か退化のどっちかだけど、人生半分くらいバンギャルしてて思うのは「大衆向け」とか「売れ線向け」っていうのは、鬱屈としていたものがバンドを続けて行くことでいろんな人の支えとかに気づいて日の当たるところにも目が向くようになったっていうことなのであって、それはやっぱバンドでないと生きられない人に起こることなのではないかと。


バンギャがどうとか歌ったり、パロ(許さねえぞ)ってるだけのバンドが、そんな変化しますかと。


バンギャルのお姉さんが言ってた言葉で「変化して行くバンドについていけないのも当然。変化する前の曲が好きでバンドを好きになったんだから」っていうのがありまして、でも蓋をあけてその経過を理解する前に離れてしまうのはもったいないよなとも。

それが事務所の方針か、自分たちの変化なのかはわからないけど。


自分のしたいことを全て叶えてみせると言ってくれた(多分)暁くんの力強さ、覚悟の強さがかっこよくて眩しくて泣いてしまった。

宗教離脱はできそうもない。(完)